非線形数理東京フォーラム「人と自然の数理」

日程・場所

2008年2月2日(土)~3日(日)
東京大学数理科学研究科大講義室

プログラム

2/3 10:00~12:30 テーマ1 イリュージョンの世界

北岡明佳(立命館大学)「錯視と数学」(10:00~10:45)
錯視研究では、そのモデルとして数学がよく使われる。今回の講演では、私が使う初歩的な数学による錯視研究を紹介したい。具体的には、渦巻き錯視、「網膜座標系」錯視、および静止画が動いて見える錯視のうち3種類を取り上げる。

新井仁之(東京大学)「ウェーブレットと視覚の数理モデル」(11:00 - 11:45)
本研究の目標は、視覚と錯視を先端的な数学と計算機実験を用いて研究することである。近年、実験・技術の進歩により、視覚のどの機能が脳のどの領域と関連しているのかが解明されつつある。しかしその部分がどのようなアルゴリズムで視覚の情報処理を行っているのかについては、わかっていないことも多い。そういった部分は数学的な方法による研究も可能になると考えられる。しかし残念ながらそのような数学的研究は不十分であるといわざるをえない。本研究が目指すものはまさにその部分である。その際、錯視が重要なキーワードになると考えている。

本講演では、最大重複双直交ウェーブレットによる視覚の新しい非線形数理モデルや視覚研究のためにわれわれが開発した新しいウェーブレット・フレームについて述べる。さらにその非線形数理モデルを用いて、さまざまな錯視発生のメカニズムに関する数学的分析を行う。たとえば、Hermann 格子錯視とそのバリエーションに関する網膜以降の視覚情報処理が視覚科学で議論されているが、それについてウェーブレット・フレームを用いて、V1野のどのような情報処理が関連しているかを数学的視点から論ずる。また色の対比錯視に関する計算機シミュレーションと数学的分析についても述べる。最後にわれわれが考案したフラクタル螺旋錯視をもとに、渦巻き錯視に関する視覚情報処理を新しいウェーブレット・フレームをもとに解析してみたい。

討論 杉原厚吉(東京大学)、山田道夫(京都大学)(12:00~12:30)

2/3 14:00 - 16:45 テーマ2 社会行動の数理

青沼仁志(北海道大学)「クロコオロギの社会的適応行動」(14:00 - 14:45)
生物は、長い進化の過程で変異と淘汰を繰り返しながら変化に富んだ環境に適応してきた。社会もひとつの環境要因とみなせ、動物がいかに社会を形成し適応しているか理解することは、生物学研究の課題にとどまらず、工学研究においても重要な課題のひとつである。

昆虫は、優れた感覚受容、情報処理機能を持ち、多様な行動を発現することで刻々と変化する環境に適応している。我々は、コオロギの喧嘩行動を題材として、個体間の相互作用と行動選択の神経機構を神経行動学的に調べている。オスコオロギは、他のオスと出会うと相手の体表物質が鍵刺激となり喧嘩行動を発現する。喧嘩が終決すると負けた個体はその後喧嘩を回避するようになる。喧嘩と回避の行動切り替えには、脳内の一酸化窒素や生体アミンなどの神経修飾物質が重要な働きをしていることがわかってきた。一方、コオロギを異なる密度で集団飼育すると密度によって各個体の行動に違いが見られた。集団の中で各個体がどのように行動選択するのかモデルとシミュレーションを使い調べている。集団におけるコオロギの振る舞いは、ある変数に依存した比較的単純な確率を用いたモデルで表現できた。神経行動学実験とモデルを用いた解析からコオロギの社会的適応行動の発現機構について考察する。

巌佐庸(九州大学)「The leading eight: 評判をつかって協力を引き出せるか?」(15:00~15:45)
ヒトには言語があるために社会の構成員について「よい」とか「わるい」といった評判を共有することができる。そのような評判にもとづいて人々が助け合うか拒否するかをするとき、協力的な社会が成立する可能性がある。 どのような行為を良いとみなし悪いと見なすかというルールを社会規範とする。そのなかで、協力を高く維持させることができる社会規範を数学的に調べ上げた結果、限られたものしかあり得ないことがわかった。それらの協力的な社会を可能にする規範には共通した特徴があり、それを考えることで、人間社会に幅広くみられるルール、道徳規範、法などに共通する特徴を抽出することができる。
この研究の話を通じて、社会科学と生物学とが、進化ゲーム理論とよばれる数学モデルを通じて結ばれつつあることを話したい。

討論 嶋田正和(東京大学)、楠岡成雄(東京大学)(16:00~16:30)

2/3 17:00 - 17:40 パネルディスカッション

「数理モデリングの可能性と将来」Mikhail Tribelsky(モスクワ工科大)、Oleg Yu. Emanouilov(コロラド州立大)、小川知之(大阪大学)、巌佐庸、楠岡成雄

2/4 10:00 - 12:30 テーマ3 ゆらぎの神秘

柴田達夫(広島大学)「細胞内の確率的な情報処理」 (10:00~10:45)
細胞のシグナル伝達は確率的に動作する分子機械がノイズの伴うシグナルを処理するプロセスである。そこで、反応の生成するノイズとパスウエイを伝搬するノイズに関する基本的な点を数理的に整理し、実験と比較する。バクテリアと細胞性粘菌はいずれも走化性を示すが、濃度勾配を検出する原理は大きく異なる。それでも、極めて小さい濃度差を検出することは共通している。シグナル伝達系による走化性情報処理に反応のノイズがどのようにあらわれ、細胞運動の振る舞いにどのように影響するのかを議論する。

合原一幸(東京大学)「脳のデュアルコーディングとゆらぎ」(11:00~11:45)
脳科学研究においては、実験的研究のみならず理論的研究も歴史的に重要な役割を果たしてきた。すなわち、ニューロンやニューラルネットワークの数理モデルを創り、その解析によって脳の理解へ迫る構成論的アプローチである。特に、脳はニューロンという非線形性の強い構成要素が多数、相互に結合した文字通りの複雑なシステムであるため、数理モデル解析に対する期待は大きい。この数理脳科学分野では、我が国においても、南雲仁一らのニューロンモデルとその電子回路実装や甘利俊一のニューラルネットワーク理論をはじめとして、世界に誇るべき業績がある。

近年、特に非線形数理科学の発展に伴なって、多様な新しい展開が見られる。たとえば、A.L. Hodgkinが1948年にニューロンの反復興奮特性に基づいて提案したクラスI、クラスIIニューロンの概念が、分岐理論の観点から見事に説明された。分岐理論は、遺伝子・タンパク質ネットワーク、ニューロン、そしてニューラルネットワークの非線形ダイナミクスの解析にとって、今では不可欠な理論解析手法となっている。また、非線形時系列解析手法の進歩も著しい[1]。このようなデータ解析研究は、実験研究と理論研究とを結びつける重要な研究分野へと成長しつつある。さらに、conductance injection (dynamic clamp) 手法などを用いて、数理モデルと生理実験を動的に融合することも可能になってきている。

このように、数理脳科学研究は、非線形数理科学とも手を携えて、ニューロン内の遺伝子・タンパク質ネットワークから脳のグローバルネットワークに至る、脳の様々な非線形ダイナミクスの解明に、本格的に取り組もうとしている。本講演では、特に「脳のデュアルコーディングとゆらぎ」に関して論じてみたい。 今日でも広く用いられるニューロンモデル "Leaky Integrator"は、 "Lapicqueモデル"とも呼ばれる[2]。これは、神経生理学者 L. Lapicque の1907年の論文に由来する。このLapicque と「知的作業と精神的疲労の関係」について論じたりもしている数学者J. Hadamard が、1945年に出版された著書のあとがきで述べている[3]。「いつかは数学者が脳の生理学の問題について熟知し、神経生理学者が協働作業ができるほど数学上の発見について熟知するといったことになるのだろうか。」

【参考文献】
[1] 合原一幸編:「カオス時系列解析の基礎と応用」,産業図書 (2000).
[2] H.C. Tuckwell: Introduction to Theoretical Neurobiology, Vol.1, Cambridge University Press (1988).
[3] J. Hadamard: An Essay on the Psychology of Invention in the Mathematical Field, Princeton University Press (1945) (伏見,尾崎,大塚訳:「数学における発明の心理」,みすず書房 (1990)).

討論 甲斐昌一(九州大学),山本義春(東京大学)(12:00~12:30)


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